前回の続きです。→ぴんたまの話。その1
この記事には、虫についてのグロい記述があります。
苦手な方はお控えください…オエェ…。
ちなみに今回の記事は小説風(すんげー拙いですけど)になっております。
苦手な方はお控えください…グフゥ…。
どこまでも澄んだ青の向こう。
立体的に膨らむそれは、大なり小なりの陰影をつけているにも関わらず輝かんばかりの白さを主張している。
「この時期特有の、夏雲だなあ…」
そのまぶしさに目を細めつつ、岡山から遠く離れた静岡の地で、トマコはつぶやいた。
家族旅行と銘打ち初めて訪れた静岡で、心配していた天候に恵まれたのだ。
岡山から静岡に、それも車で行くとなると大概の人になぜ?と聞かれる。
途中、神戸・大阪・京都・名古屋、と立ち寄れる観光名所がたくさんあるだろうに、しかも更に足を伸ばせば横浜・東京、と更なる都会が待っているのに、なぜ静岡を選んだのかと問われるのだ。
静岡には、トマコが仲良くしている友人がいる。
トマコ家の三人の息子も彼女にとても懐いており、彼女がいなかったら片道10時間かけてその地に行くことなどなかったろう。
今回の旅行は家族で羽を伸ばすだけでなく、彼女と共に過ごすという目的があったのだ。
そんな彼女は、穏やかさと共に透明感も併せ持ち、小動物のような頼りなさもあるのに力強い、どことなく不思議なオーラを持っている子だ。
艶やかな黒髪に反して、その内にある肌が透けるように白いからなのか、トマコには彼女自身がぽわんと光って見えることがあり、それについて、さりげなく彼女に話をしたことがあった。
「あなたってなんだか発光してるみたいだよね。」
「それは私が納豆みたいってこと…?」
「そりゃ醗酵だな。」
いまいち伝わらなかったが…。
醸し出す空気というよりは、なんというか肉が輝いて見えるとでも言おうか。
肉、そう、体にまとっている脂質・炭水化物、つまり体そのものの質。
私がグラム98円の肉とするなら、彼女の体はグラム1,000円のお肉のように感じるのだ。
「つまり、あなたの肉には上質のサシがたっぷり入ってそうってこと。」
「それは私が太ってるってこと…?」
「違う違う、あなた今痩せてるじゃない。そうじゃなくて。
なんて言えばいいのかな、光沢があるんだよ。見るからに高級って分かる肉をしてる。」
わけが分からないといった顔をして見つめる彼女に、トマコは続けた。
「例えば、ね?
マサオはビーフジャーキー的なお肉とするでしょう?ほら、マサオって181センチ58キロだからさ、お肉の部分が薄くてその分味も濃厚だと思うわけ。」
彼女はぽかんと口を開けたのち、口元に小さな笑みを浮かべ、なんとなく分かる気がする、と呟く。
事実、ぜい肉がほとんどないと言って等しいマサオの体は、骨にわずかばかりの肉をまとっているようで、一見して分かるほどに固そうなそれだった。
「そんで、私はー…、シワいお肉なんだよ。」
一寸の間を置いてシワいって何?と聞く彼女に、トマコは瞠目し小さく肩を揺らした。
標準語と思って口にしていた言葉が方言だった時の動揺は、だれしも経験あることだろう。
「筋張ってる…って言うのかなあ…?
普段食べてる柔らかくジューシーな鶏肉が雛鳥なら、親鳥のお肉ってすごく固くて、もうほんと固くてなかなか噛みきれない歯ごたえなんだけど、それがシワいって意味で、私のお肉はそんな感じ…と思うわけよ。」
ふうん、といまいち納得しかねる声をもらした彼女を見て、まあ無理もないと呟いた。特に食べ物は個々によって感じ方も違うだろうし、言葉だけで伝えるには限度がある。
「普段スーパーに並んでる鶏肉は雛鳥で、鶏皮も白いでしょう?けど、親鳥の鶏皮は黄色なんだよ。親鳥って、肉はシワいし鶏皮は古びて見えるけど、その分味が濃縮されておいしくもあるんだわ。香川県に親鳥と雛鳥の食べ比べが出来る店があるから、あなたがこっちに来た際はぜひ行ってみようよ。」
「うん、行ってみたい。」
その時にやっと私にもシワいって意味が理解できるんだね、と、カラカラと笑いながら彼女は言い、それにつられるようにトマコも笑った。
かと思うと、ふ、とトマコは真顔になる。
「だから、ね。マサオのビーフジャーキーや私のシワいお肉と、あなたのは質が違うって思うわけ。あなたのはきっと、高級な国産黒毛和牛とか、鹿児島産の黒豚系なんだよ。だって、あなたの肌って傍目に見ても白く透明で輝いてるじゃない?肉質が気品あふれてるっていうか。上等なサシがいっぱい入ってる高級肉っていうか。」
そこまで続けて、トマコは急に押し黙った。
――高級肉
胸に一抹の不安がよぎる。
「ごめん、これは考えすぎかもしれないんだけど…。
もし…もしも、ね?人間の肉を好んで食す宇宙人が飛来してきたら…。
彼らにとってあなたは高級食材になってしまうと思う。
きっと大勢の宇宙人が、あなたの肉を求めて猛襲してくるに違いないわ…。
だからその時は…、全力で逃げてね?」
双眉を下げ、眉間にしわを寄せ、心の底から真剣に訴えたトマコに…。
彼女は言ったのだ。
「ごめん、何言ってるかちっとも分からない。」
私たちは、このように意思の疎通が取れないこともあるが、仲の良い友人同士だ。
普段トマコは岡山、彼女は静岡と離れた地に暮らしていることもあり、やり取りはもっぱらスカイプというネット上のツールで、リアルタイムのWEB上の会話―通称チャット―を楽しむことが多い。
このツールの便利なところは、画像やファイルを送り合ったりできるところで、くだらない画像を送り合ってはそれを肴に夜な夜な他愛もない会話に華を咲かせているのだが…。
6月の、梅雨が始まる前のころ。ジャンボタニシが恋の花を咲かすべく、田んぼに大量のぴんたま(ピンクの卵の略)を産み付け始めたころ。
いつものように彼女と文字の会話を楽しんでいた時、トマコの胸に悪辣な思考がよぎった。
――そうだ、ぴんたまの画像を送りつけてやろう。
そのころトマコは、毎日のように目の端に映るショッキングピンクの卵に辟易していた。
自然界のものであるはずなのに、景色に溶け込むことのない色合いで日増しに増えていくそれを、目にしないで暮らすことは難しい。
鮮やかすぎる存在感で、激しく自己主張するくせに見目麗しくないそれに、目の焦点を合わせないように努めつつもどうしても視界に入ってしまうストレス。
――ほんと、気色悪いんだもんなあ…
はじめは単に、その嫌悪感を共有したかっただけに思う。
彼女に送るために、自分のパソコンでぴんたまの画像を検索したわけだが、今までは目の端にぼやけて映っていたそれを検索するたびガッツリ見る羽目になり、結局はトマコ自身も相当なダメージを食らったものだが…。
――ギャアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!キモチワルイ!!!!!
スカイプ上に埋め尽くされる彼女の絶叫に、トマコはどこか安堵していた。
そうだ、やはりぴんたまは気色悪いのだ。
いずれ家業を継いだ折に対面せねばならぬと言えど、これに嫌悪感を抱くのも当然だよ、それは仕方のないことだよね、と肩に手を置かれ、励まされたように感じた。
だが、ある程度動画や画像を送りきり、絶叫合戦も一息ついたころだったか。
彼女がいささか奇妙なことを言い出した。
――そういえば私、ゴキブリとか全然平気な人間だったわ。簡単にやっつけられるんだわ。
なぜぴんたまからゴキブリの話題に?と疑問に思いつつも、自分はカブトムシすらゴキブリに見えてしまってダメになったな…と、トマコは漠然と考えていた。
昔はセミだってコオロギだって素手で捕まえられたのに、今はもうひとくくりで虫は虫にしか思えず、すべての虫が得意ではなくむしろ苦手だ。
我が家にゴキブリが出た時も退治することも出来ず、マサオを呼ぶか、隣で暮らすばあちゃんを呼ぶか、はたまた逃げ惑うことしかできない。
――うちではゴキブリ出たら私が駆除するんだよ。でもその技が一番すごいのはママだけど。
誇らしげに話す彼女に尊敬の念を抱きつつも、トマコは彼女の母親に憧れを抱いていたことを思い出す。
ああいう母親になりたい、という思いもあるがまあそれは無理だと分かっていて、けれどそれ以上に、こういう人が自分の母親だったら…との思いが心の奥底から抜け出さない。
尻を叩いて励ます系の母親だったトマコの実母に対し、彼女の母親は子供を柔らかく包み見守る系で、どちらかと言えば真反対だ。
実母が悪いわけでもないし、自分にはそういう母親が合っているのだろうとも思うのだが、一度でいいから母親というものにただ優しく包まれたいという思いも拭えず、どうにもこうにもその羨望がやまないのだ。
しかも、ゴキブリ退治までしてくれるというではないか。
もうほんと、そのお母さん私にちょうだいよ~うちで一緒に暮らしたい~と漏らすトマコに、彼女はケロッとして言った。
――うちのママ、人の靴勝手に履いて害虫踏み潰すけどいいかな?
トマコはぐっと息を飲んだ。
――害虫駆除に夢中になるのはいいんだけど、その辺にある靴を本人の許可なく勝手に使うので…ふふっ…妹が嫌がっちゃって…ふふふっ…
特に、ゴキブリというよりは外に出る毛虫などの害虫を、目についた靴で勢いよく踏み潰すらしいお母様は、更には、カマドウマが出た際は素手で捕まえて外に逃がしたという武勇伝もお持ちで、トマコは上半身の力がフッと抜け落ちるのを感じた。
カマドウマ。
結婚前、実家住まいの時、実家でよく対面した腹が膨れ足が大きく折れたソイツが、トマコは恐ろしくて仕方なかった。
なぜだか知らないが、アイツらは人間に向かって飛んでくるのだ。
しかもその大きな足に比例した跳躍力は果てしなくすごく、思いもがけない高さまで飛んでくるのにとてつもなく驚かされる。
いや、驚かされるなんてもんじゃない。
もう恐怖でしかない。
そんな虫を素手で掴み、そこいらの靴で毛虫を踏み潰してくださるお母様…
それを思い描いたとき、なぜかトマコは意気消沈し、我が家の家族はもうこの人数のままでいいです…と静かにつぶやいたのだが…。
画面向こうのトマコの実際の様子を知ってか知らずか、彼女は意外なことを言い始めた。
――ゴキブリとかそういうの平気なせいかなあ…、なんか私ぴんたまに慣れたかも。むしろかわいく感じてきたかも。
な に を い っ て い る ん だ こ の お ん な は 。
先程までぴんたまの画像を見て悲鳴をあげていたのと同一人物とはとても思えない彼女の変貌ぶりに、トマコはただただ驚愕するばかりだった。
長年ぴんたまと暮らし続けているトマコですら、そのグロさに年々嫌悪感が増すばかりというのに、今見たばかりの彼女がもう慣れたなどということはあり得るのだろうか。
いや、もしかしたら彼女の自宅近くにはぴんたまがいないと言うし、実際に見たことがないからそう思えるのかもしれない。
実物のそれを見たら悲鳴を上げるに違いない、トマコはそう指摘すると、どうしたことか彼女は更なる明後日の方向に飛び始めた。
――だから、ね!ぴんたま調査団を結成しようと思う!メンバーは私と三人の子供たちね!
どうしたことだろう。
彼女はあれほど気色悪がっていたぴんたまへの、溢れんばかりの好奇心を示し始めたのだ。
しかもそれだけでなく、三人の子ども…つまりそれはトマコの息子三人を示しており、ぴんたまの調査を息子達と行うという彼女に、嫌な予感が止まない。
えっ…調査団て具体的に何を…?と怪訝に問うトマコに、彼女は嬉々としてその計画を語り始めた。
――えっとねー!とりあえずなぁ太に写真をいっぱい撮ってもらおう!もちろんぴんたまをドアップでたくさんね!そんで、網で捕獲して生態調査しよう!飼って観察するんだよぴんたまを!!
ぴんたまを飼うだと…?
ちょっと待てそれは…我が家でか!?
恐ろしい目をするのは結局トマコだけではないか!!!!!
直視するのも難しいあの生き物を、壁から剥がして保管して孵化するのを待つなど…!!!
そんなことができるわけがなかろうに!!!
あげく、うちの息子たちも巻き込むだとはいい迷惑にもほどがある!!!
想像するだけで、足元から頭上に向かって震えが走る。
なのに彼女の暴走はなおも止まらない。
――ぴんたま調査団っていうショッキングピンクのハチマキと法被を作るんだ~!!それをぴんたま調査団の制服にするの!たい蔵ちゃんのピンクの法被姿なんて絶対かわいいと思う!!私も岡山に行って子供らと一緒にぴんたま集めるわ!!
彼女が何を言っているのか、トマコにはもはや理解できなかった。
止まらない彼女の主張にトマコはただゴクリと喉を鳴らし、暑いはずなのに冷える額からは暑さによるものではないしずくがひとつふたつ、ぽたりと垂れ…。
頼むから岡山に来ないでください、とだけ静かに伝え、その日の会話は終了したのだ。
ぴんたまは恐ろしい。
けれど、それに興味を持った人間は更に恐ろしい。
晩夏、夏休みももうすぐ終わり、青々とした田んぼでぴんたまの姿を見ることも少なくなった今、トマコはふっと息を吐く。
風の方向と同じに葉を揺らすまだまだ若い稲の姿に、まるで緑の絨毯みたい、と呟くと、ザアッと舞い込む風をトマコは胸いっぱい吸い込んだ。
願わくば来年の夏休み、高級肉を身に纏った彼女が、ぴんたまの自由研究を子どもたちに勧めませんように…。
青く、はたまた白くも輝く夏の空に、トマコは切に願うのだった。
この記事には、虫についてのグロい記述があります。
苦手な方はお控えください…オエェ…。
ちなみに今回の記事は小説風(すんげー拙いですけど)になっております。
苦手な方はお控えください…グフゥ…。
どこまでも澄んだ青の向こう。
立体的に膨らむそれは、大なり小なりの陰影をつけているにも関わらず輝かんばかりの白さを主張している。
「この時期特有の、夏雲だなあ…」
そのまぶしさに目を細めつつ、岡山から遠く離れた静岡の地で、トマコはつぶやいた。
家族旅行と銘打ち初めて訪れた静岡で、心配していた天候に恵まれたのだ。
岡山から静岡に、それも車で行くとなると大概の人になぜ?と聞かれる。
途中、神戸・大阪・京都・名古屋、と立ち寄れる観光名所がたくさんあるだろうに、しかも更に足を伸ばせば横浜・東京、と更なる都会が待っているのに、なぜ静岡を選んだのかと問われるのだ。
静岡には、トマコが仲良くしている友人がいる。
トマコ家の三人の息子も彼女にとても懐いており、彼女がいなかったら片道10時間かけてその地に行くことなどなかったろう。
今回の旅行は家族で羽を伸ばすだけでなく、彼女と共に過ごすという目的があったのだ。
そんな彼女は、穏やかさと共に透明感も併せ持ち、小動物のような頼りなさもあるのに力強い、どことなく不思議なオーラを持っている子だ。
艶やかな黒髪に反して、その内にある肌が透けるように白いからなのか、トマコには彼女自身がぽわんと光って見えることがあり、それについて、さりげなく彼女に話をしたことがあった。
「あなたってなんだか発光してるみたいだよね。」
「それは私が納豆みたいってこと…?」
「そりゃ醗酵だな。」
いまいち伝わらなかったが…。
醸し出す空気というよりは、なんというか肉が輝いて見えるとでも言おうか。
肉、そう、体にまとっている脂質・炭水化物、つまり体そのものの質。
私がグラム98円の肉とするなら、彼女の体はグラム1,000円のお肉のように感じるのだ。
「つまり、あなたの肉には上質のサシがたっぷり入ってそうってこと。」
「それは私が太ってるってこと…?」
「違う違う、あなた今痩せてるじゃない。そうじゃなくて。
なんて言えばいいのかな、光沢があるんだよ。見るからに高級って分かる肉をしてる。」
わけが分からないといった顔をして見つめる彼女に、トマコは続けた。
「例えば、ね?
マサオはビーフジャーキー的なお肉とするでしょう?ほら、マサオって181センチ58キロだからさ、お肉の部分が薄くてその分味も濃厚だと思うわけ。」
彼女はぽかんと口を開けたのち、口元に小さな笑みを浮かべ、なんとなく分かる気がする、と呟く。
事実、ぜい肉がほとんどないと言って等しいマサオの体は、骨にわずかばかりの肉をまとっているようで、一見して分かるほどに固そうなそれだった。
「そんで、私はー…、シワいお肉なんだよ。」
一寸の間を置いてシワいって何?と聞く彼女に、トマコは瞠目し小さく肩を揺らした。
標準語と思って口にしていた言葉が方言だった時の動揺は、だれしも経験あることだろう。
「筋張ってる…って言うのかなあ…?
普段食べてる柔らかくジューシーな鶏肉が雛鳥なら、親鳥のお肉ってすごく固くて、もうほんと固くてなかなか噛みきれない歯ごたえなんだけど、それがシワいって意味で、私のお肉はそんな感じ…と思うわけよ。」
ふうん、といまいち納得しかねる声をもらした彼女を見て、まあ無理もないと呟いた。特に食べ物は個々によって感じ方も違うだろうし、言葉だけで伝えるには限度がある。
「普段スーパーに並んでる鶏肉は雛鳥で、鶏皮も白いでしょう?けど、親鳥の鶏皮は黄色なんだよ。親鳥って、肉はシワいし鶏皮は古びて見えるけど、その分味が濃縮されておいしくもあるんだわ。香川県に親鳥と雛鳥の食べ比べが出来る店があるから、あなたがこっちに来た際はぜひ行ってみようよ。」
「うん、行ってみたい。」
その時にやっと私にもシワいって意味が理解できるんだね、と、カラカラと笑いながら彼女は言い、それにつられるようにトマコも笑った。
かと思うと、ふ、とトマコは真顔になる。
「だから、ね。マサオのビーフジャーキーや私のシワいお肉と、あなたのは質が違うって思うわけ。あなたのはきっと、高級な国産黒毛和牛とか、鹿児島産の黒豚系なんだよ。だって、あなたの肌って傍目に見ても白く透明で輝いてるじゃない?肉質が気品あふれてるっていうか。上等なサシがいっぱい入ってる高級肉っていうか。」
そこまで続けて、トマコは急に押し黙った。
――高級肉
胸に一抹の不安がよぎる。
「ごめん、これは考えすぎかもしれないんだけど…。
もし…もしも、ね?人間の肉を好んで食す宇宙人が飛来してきたら…。
彼らにとってあなたは高級食材になってしまうと思う。
きっと大勢の宇宙人が、あなたの肉を求めて猛襲してくるに違いないわ…。
だからその時は…、全力で逃げてね?」
双眉を下げ、眉間にしわを寄せ、心の底から真剣に訴えたトマコに…。
彼女は言ったのだ。
「ごめん、何言ってるかちっとも分からない。」
私たちは、このように意思の疎通が取れないこともあるが、仲の良い友人同士だ。
普段トマコは岡山、彼女は静岡と離れた地に暮らしていることもあり、やり取りはもっぱらスカイプというネット上のツールで、リアルタイムのWEB上の会話―通称チャット―を楽しむことが多い。
このツールの便利なところは、画像やファイルを送り合ったりできるところで、くだらない画像を送り合ってはそれを肴に夜な夜な他愛もない会話に華を咲かせているのだが…。
6月の、梅雨が始まる前のころ。ジャンボタニシが恋の花を咲かすべく、田んぼに大量のぴんたま(ピンクの卵の略)を産み付け始めたころ。
いつものように彼女と文字の会話を楽しんでいた時、トマコの胸に悪辣な思考がよぎった。
――そうだ、ぴんたまの画像を送りつけてやろう。
そのころトマコは、毎日のように目の端に映るショッキングピンクの卵に辟易していた。
自然界のものであるはずなのに、景色に溶け込むことのない色合いで日増しに増えていくそれを、目にしないで暮らすことは難しい。
鮮やかすぎる存在感で、激しく自己主張するくせに見目麗しくないそれに、目の焦点を合わせないように努めつつもどうしても視界に入ってしまうストレス。
――ほんと、気色悪いんだもんなあ…
はじめは単に、その嫌悪感を共有したかっただけに思う。
彼女に送るために、自分のパソコンでぴんたまの画像を検索したわけだが、今までは目の端にぼやけて映っていたそれを検索するたびガッツリ見る羽目になり、結局はトマコ自身も相当なダメージを食らったものだが…。
――ギャアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!キモチワルイ!!!!!
スカイプ上に埋め尽くされる彼女の絶叫に、トマコはどこか安堵していた。
そうだ、やはりぴんたまは気色悪いのだ。
いずれ家業を継いだ折に対面せねばならぬと言えど、これに嫌悪感を抱くのも当然だよ、それは仕方のないことだよね、と肩に手を置かれ、励まされたように感じた。
だが、ある程度動画や画像を送りきり、絶叫合戦も一息ついたころだったか。
彼女がいささか奇妙なことを言い出した。
――そういえば私、ゴキブリとか全然平気な人間だったわ。簡単にやっつけられるんだわ。
なぜぴんたまからゴキブリの話題に?と疑問に思いつつも、自分はカブトムシすらゴキブリに見えてしまってダメになったな…と、トマコは漠然と考えていた。
昔はセミだってコオロギだって素手で捕まえられたのに、今はもうひとくくりで虫は虫にしか思えず、すべての虫が得意ではなくむしろ苦手だ。
我が家にゴキブリが出た時も退治することも出来ず、マサオを呼ぶか、隣で暮らすばあちゃんを呼ぶか、はたまた逃げ惑うことしかできない。
――うちではゴキブリ出たら私が駆除するんだよ。でもその技が一番すごいのはママだけど。
誇らしげに話す彼女に尊敬の念を抱きつつも、トマコは彼女の母親に憧れを抱いていたことを思い出す。
ああいう母親になりたい、という思いもあるがまあそれは無理だと分かっていて、けれどそれ以上に、こういう人が自分の母親だったら…との思いが心の奥底から抜け出さない。
尻を叩いて励ます系の母親だったトマコの実母に対し、彼女の母親は子供を柔らかく包み見守る系で、どちらかと言えば真反対だ。
実母が悪いわけでもないし、自分にはそういう母親が合っているのだろうとも思うのだが、一度でいいから母親というものにただ優しく包まれたいという思いも拭えず、どうにもこうにもその羨望がやまないのだ。
しかも、ゴキブリ退治までしてくれるというではないか。
もうほんと、そのお母さん私にちょうだいよ~うちで一緒に暮らしたい~と漏らすトマコに、彼女はケロッとして言った。
――うちのママ、人の靴勝手に履いて害虫踏み潰すけどいいかな?
トマコはぐっと息を飲んだ。
――害虫駆除に夢中になるのはいいんだけど、その辺にある靴を本人の許可なく勝手に使うので…ふふっ…妹が嫌がっちゃって…ふふふっ…
特に、ゴキブリというよりは外に出る毛虫などの害虫を、目についた靴で勢いよく踏み潰すらしいお母様は、更には、カマドウマが出た際は素手で捕まえて外に逃がしたという武勇伝もお持ちで、トマコは上半身の力がフッと抜け落ちるのを感じた。
カマドウマ。
結婚前、実家住まいの時、実家でよく対面した腹が膨れ足が大きく折れたソイツが、トマコは恐ろしくて仕方なかった。
なぜだか知らないが、アイツらは人間に向かって飛んでくるのだ。
しかもその大きな足に比例した跳躍力は果てしなくすごく、思いもがけない高さまで飛んでくるのにとてつもなく驚かされる。
いや、驚かされるなんてもんじゃない。
もう恐怖でしかない。
そんな虫を素手で掴み、そこいらの靴で毛虫を踏み潰してくださるお母様…
それを思い描いたとき、なぜかトマコは意気消沈し、我が家の家族はもうこの人数のままでいいです…と静かにつぶやいたのだが…。
画面向こうのトマコの実際の様子を知ってか知らずか、彼女は意外なことを言い始めた。
――ゴキブリとかそういうの平気なせいかなあ…、なんか私ぴんたまに慣れたかも。むしろかわいく感じてきたかも。
な に を い っ て い る ん だ こ の お ん な は 。
先程までぴんたまの画像を見て悲鳴をあげていたのと同一人物とはとても思えない彼女の変貌ぶりに、トマコはただただ驚愕するばかりだった。
長年ぴんたまと暮らし続けているトマコですら、そのグロさに年々嫌悪感が増すばかりというのに、今見たばかりの彼女がもう慣れたなどということはあり得るのだろうか。
いや、もしかしたら彼女の自宅近くにはぴんたまがいないと言うし、実際に見たことがないからそう思えるのかもしれない。
実物のそれを見たら悲鳴を上げるに違いない、トマコはそう指摘すると、どうしたことか彼女は更なる明後日の方向に飛び始めた。
――だから、ね!ぴんたま調査団を結成しようと思う!メンバーは私と三人の子供たちね!
どうしたことだろう。
彼女はあれほど気色悪がっていたぴんたまへの、溢れんばかりの好奇心を示し始めたのだ。
しかもそれだけでなく、三人の子ども…つまりそれはトマコの息子三人を示しており、ぴんたまの調査を息子達と行うという彼女に、嫌な予感が止まない。
えっ…調査団て具体的に何を…?と怪訝に問うトマコに、彼女は嬉々としてその計画を語り始めた。
――えっとねー!とりあえずなぁ太に写真をいっぱい撮ってもらおう!もちろんぴんたまをドアップでたくさんね!そんで、網で捕獲して生態調査しよう!飼って観察するんだよぴんたまを!!
ぴんたまを飼うだと…?
ちょっと待てそれは…我が家でか!?
恐ろしい目をするのは結局トマコだけではないか!!!!!
直視するのも難しいあの生き物を、壁から剥がして保管して孵化するのを待つなど…!!!
そんなことができるわけがなかろうに!!!
あげく、うちの息子たちも巻き込むだとはいい迷惑にもほどがある!!!
想像するだけで、足元から頭上に向かって震えが走る。
なのに彼女の暴走はなおも止まらない。
――ぴんたま調査団っていうショッキングピンクのハチマキと法被を作るんだ~!!それをぴんたま調査団の制服にするの!たい蔵ちゃんのピンクの法被姿なんて絶対かわいいと思う!!私も岡山に行って子供らと一緒にぴんたま集めるわ!!
彼女が何を言っているのか、トマコにはもはや理解できなかった。
止まらない彼女の主張にトマコはただゴクリと喉を鳴らし、暑いはずなのに冷える額からは暑さによるものではないしずくがひとつふたつ、ぽたりと垂れ…。
頼むから岡山に来ないでください、とだけ静かに伝え、その日の会話は終了したのだ。
ぴんたまは恐ろしい。
けれど、それに興味を持った人間は更に恐ろしい。
晩夏、夏休みももうすぐ終わり、青々とした田んぼでぴんたまの姿を見ることも少なくなった今、トマコはふっと息を吐く。
風の方向と同じに葉を揺らすまだまだ若い稲の姿に、まるで緑の絨毯みたい、と呟くと、ザアッと舞い込む風をトマコは胸いっぱい吸い込んだ。
願わくば来年の夏休み、高級肉を身に纏った彼女が、ぴんたまの自由研究を子どもたちに勧めませんように…。
青く、はたまた白くも輝く夏の空に、トマコは切に願うのだった。
トマコの妄想シリーズ
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コメント
コメント一覧 (2)
もうすぐ3歳の息子ちゃん、2回目の発達相談を終え、療育の見学に行くことになりました。今は“これで前を向ける”って感じで気持ちが少し軽くなりました♪トマコさんに感謝です(^∇^)むさしっこ2014-08-31 22:41:28返信する
長男を生んでトマコブログに励まされ、次男も生まれ、目指せトマコファミリー!
目指せ男の子三兄弟!!
今は長男が幼稚園、トマコファミリーに、母ちゃんのわたしは支えられ、長男と次男奮闘しながら頑張ってます!
これからもリスペクトしてますんで!
更新たのしみにしてまあす。
チャーリー2014-09-05 20:42:36返信する