あぁ、トマコの生きる道-今日も活きがいいこと!

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あぁ、トマコの生きる道-許すかっつ-の。





赤子育児と幼児育児は全く違う。



赤子育児は体力勝負。

自分自身の勝負。

今まで自分のリズムで送ってきた生活を。

赤子中心に変えなくてはいけない。


対し、幼児育児は精神勝負。

考える力を持った「人間」相手の精神戦。



育児はどんどん複雑になっていく。



しかし。

不思議なことに。

一度越えた山は、小さく見える。



初めて対面したときは、あんなにも大きく感じたのに。

自分には越えられないかもしれないと、散々思い悩んだほどだったのに。

一度越えた山は、小さく懐かしく。

愛おしくさえ思える。


今言っている「山」とはつまり、「赤子育児」のことで。

一人目の時はあんなに大変だと感じていたのに。

二人目の今、いくら赤子が泣こうが叫ぼうが。

癇癪起こそうがダダこねようが。

どっしり構えて対応出来る自分がいたりなんかして。

やっぱり「経験」が自分を強くするのだなと、シミジミ思う。

それを言うなら、「苦労」は何よりの宝物なのだろう。


しかし、今は赤子育児もお手のものなのだけど。

その当時はヒーヒー言うほどに大変だったわけで。

そんな時に

「それっぽっちで悩むなんて」

と言われ傷つく人もあることを思えば。

その時の自分の悩み苦しみも。

決して忘れてはいけないと思う。



そして今。

一人目と共に、新しい山に四苦八苦している。



そう、4歳児との精神戦。



「考える力がある」相手との攻防戦に。

新しい山に。

時につまずいたり悩んだりするんだけど。

でも今の二人目との攻防戦を思えば。

きっと、今回の山も。

越えてしまえばワケないのだ。


ちなみに今回の件は。

あまりにくだらない内容だったのだけれどw


「ご飯を食べずにお菓子を食べる」というコトに対して。

「ママは僕がキライなんだ!」という論点のすり替えがあったりもしたわけで。

かといって、それが4歳児の作戦だったわけではなく。

「怒る」=「嫌いだから」という図式が頭の中にあったから出てきた言葉であって。

「大好きだよ」ということを伝え。

それとこれとは別問題だよということを話し。

かつ、何がいけなかったかを話し合うことで。

解決したのである。


ほんと、複雑になったもんだ。


子供はどんどん賢くなっていく。

ずる賢くもなっていく。

それに惑わされず、どう対応するか。

しっかり考えておかねばならない。

目先だけを見るのではなく。

先を見た子育てをしていかねばならない、と思う。


かといって、自分がしている「今」の子育てが。

どのような結果をもたらすかは検討もつかないわけで。

私自身

「こうしてみたよー、よかったよー」

なんてコトを書いたりもするけれど。

実際そういった行動が10年後の子供にどのような効果をもたらすかが分からないわけで。

だからこそ、自信を持ってオススメ!なんてことは言えない。

だって、結果がまだ出ていないし。

ウチの子育てがすべての子供に合うわけでもないからだ。


だからこそ、私は先輩の言葉がすごくありがたいと思っている。


幸い私のお姑さんは。

すごく出来た方で。

私が助言を求めた時だけ、教えてくれる。

うるさいほどに口を出してくるのではなく。

息子夫婦をそっと見守り。

嫁が行き詰り、相談した時は。

嫁の気持ちに同調し。

更に自分の失敗談も含めた助言をくれる。

だから、私の子育ては義母に支えられていて。

すごく心強い。


お姑さん世代で。

育児についての苦言をブログで書かれる方もいるけれども。

育児の問題点などをズバッと指摘し。

それが将来どのような影響を及ぼすのかを。

実体験を元に書かれていたりして。

そういった記事を読むと。

私は自分の子育てに危機感を覚える。

でも、この危機感は。

すごく大事なのものなのだ、と思う。


子供の「今」だけを見ていると。

出来ない小さなことでイライラしがちだけど。

長い目でモノを見て。

社会に出るまでに出来ることを考えることで救われることもあるし。

母として、自分がどういったコトをしなくてはいけないのか。

自分がすべき方向性が見えてくることで救われることもある。


今だけを見るんじゃなくて。

もっと先を見た育児。

子供に考える力で出てきた今。

これが大事になっていくのだろう。


ちなみに。

私がこんなことを書くのは…。

私が出来た人間だからではなく、むしろ逆だからだ(笑

出来た人間だったらきっと、あたり前のことで。

不出来だからこそ、色んな発見に気づき。

それを、むしろ自分への覚書のようにブログに記してるのです。


だから、実際の私は全然出来た人間ではないし。

いっぱい悩むし、間違える。

けど、それでいい。

「頭を打つこと」「悩むこと」「考えること」が

私を成長させてくれてるのだと。

今は思う。

これこそが、

「育児は育自」

「育児は自分を育てること」

ということなんだろうって。


これからも頭を打ち。

自分の子育てに疑問を感じたり、悩んだりすることもあるだろう。

そのたびに、いろんな人に支えられ。

大きな山や小さな山を、私は越えてゆくのだろう。


私の育児は。

私ひとりではなく、いろんな人に支えられて成り立っている。

感謝の気持ちを忘れちゃ、いけないね。

うん。

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